この前に続きGoogle関連でひとつ。

Googleはとても便利だ。何が便利か、やはり情報が「検索」出来るということに尽きる。ま、検索サービスなので当たり前と言ったらそうなんだけれども。

Googleでモノを調べる事を「ぐぐる」 というが、そんなの知ってらい、てやんでいとか聞こえてきそうな程には浸透してきているという実感はある。ちなみに海外でも似たような事があって、日本で言う「ぐぐる」と言う動詞としての存在があるようだ。

一般的にぐぐると言えば、まあウェブ上の情報を検索することだと言える。企業内向けのミニシステムの提供はしているようだけど、基本的には、ウェブ。

細かいことを言えばニュースグループとかディレクトリの検索もやってるようだけど、そちらは使ったことがないので今回はパス。

前回ではGmailについて書いたけども、そうしたGoogleへの情報の集約(手段も含め)について、一部ではそうした傾向に危惧がもたれているらしい、と聞いた。曰く、思考アシストと過程をあるものに依存し、何でもぐぐればいーじゃん的な流れは危険だ、とも。

うーん、そうかなとチラッと思ったけど、じゃあたとえば本ならば良いの?とかはどうだろう。これだと手動か自動かの違いだけなんじゃないか。 そしてコンピュータを基本とした情報システムにおいては、本質的に、人がわざわざやらんでも機械で出来る方が効率良いじゃん、と言う考え方があるはず。(この辺相当アバウト)意外と人工知能もこの分野になる。人の人格を模倣するシステムよりも、たとえば漢字変換のシステムなんかの方面で、この場合、特定の状況下においた問題解決のためのシステム、となる。前述の効率的な情報システムといった方向でさかのぼっていくと、バニヴァー=ブッシュのメメックスあたりに行き着くと思うけど、それだって膨大な情報をマイクロフィルム化し、効率的な検索を行いましょう、と言うもので、実際図書館の目録検索システムとして試作だかが作られていたはず。

で、でです。

ウェブによって情報もしくは知識の爆発が起こっている現在、その中から有益で必要な情報を取り出すにはどうしたらいいか。もちろん「ぐぐれ」と言うことになる。何も知識は本の中にあるだけではない。その中である手段に依存するようなことがあったとしても、またその手段・手続きがGoogle先生を中心としたものであっても、しょうがないじゃん、と暴言を吐いておく。

もちろん、だから本なんてめくってられるか持ってる手が痛くなっちゃうよ、と言うことでもなく、むしろ好きな部類だけど、要するに必要な情報が何処にあるかが問題であって、それが本の中になければぐぐるかウェブに求めるだろう。なので、何が必要なのかを知る能力と、そのリテラシーが問題なのだろう、と思う。


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